live together
目覚めて幾日経ったのだろうか。
眠りの間に変わっていった街並みに戸惑いながら、それでも献身的に世話を焼いてくれる人達の力を借りて、今という時間の中を生きていて…。
そんな頼りない様子の小夜を見かねたカイによって唆されたハジは、小夜を夕暮れ迫る海岸へと散歩に連れ出したところだ。
今までは従者らしく小夜の少し後ろを歩いていた彼の、その広い背中を眺めながら、今は小夜が彼の後に続くようにして道を行く。彼によって差し出された手を、小夜は躊躇いがちに握った。握り返される力さえも愛しくて、その胸の中に縋りついてしまいたい衝動に駆られるけれど…。
でもそんな資格など、私にはないと小夜は思う。優しさに溢れた手を取ることさえも、罪深い自分には過ぎたことのように思えてしまう。
だって私は、あなたに…。
血を与えてしまった
辛い約束を強いてしまった
腕を切り落としてしまった
笑顔を奪ってしまった
忘れ果てていた
他にも数えきれないくらい、辛い思いをたくさんさせた。
ハジから、何もかも奪ってしまった。
本当に、償いきれないほど…、あなたを傷つけ、苦しめた。
思い返せば、今、目の前で大海原に沈みゆく太陽よりももっと濃い赤の凄惨な世界。自分がもたらした闘いの赤い血。
自らの運命の辛さに消えてなくなりたいとどれほど願ったことか…。そして今また、自分の罪深さに慄くたびに思う。妹と共に死んでしまえば良かったと…。
決して赦されることではないのに、ハジの優しい微笑みは、遠い昔から変わらないまま、心にスーッと染みていって…。
ー 貴女の笑顔さえあればそれでいい、世界の誰よりも貴女が愛しい。
と言ってくれた彼の無償の愛に応えたいけれど、何をしてあげたらいいのか…、小夜は考えれば考えるほど途方に暮れてしまう。
普段から必要最低限なことしか口にしない、究極に無口な彼が紡いでくれる言葉には、嘘偽りの欠片など微塵もなくて、だからこそ少しでも気の利いた想いを返したいのに…、ただの一言も返す言の葉が見つからなくて、自分の情けなさに悔しくて涙が頬を伝う。
そんな小夜の想いを知ってか知らずか、彼はその胸の中に小さな身体を抱き寄せる。まるで、小夜の居場所がそこであるかのように、至極当然の仕草で、小夜の身体を優しく拘束する。その胸の温かさがたまらなく嬉しくて、なのに、でも。
「…ハジ。」
意気地がないのか、やっぱり世界で一番愛しい名前しか口にできなくて。
いくら愛しさを乗せて名前を呼んでみたところで、自分の気持ちがハジに伝わるわけないことは、他の誰よりも自分が一番よく知っている。だって、ハジへの溢れる想いに一番戸惑っているのは小夜自身だから…。
それでもハジは、それだけで満ち足りたように
「もう何も言わないで。貴女の気持ちならちゃんと知っていますから。」
と、柔らかな笑顔で返してくれる。
…そして、そうっと重ね合わされる唇。ただ触れるだけのキスだけど、永遠に時が止まってしまったような静寂が二人を包んで、隔絶された世界へと誘われたような錯覚に陥る。
訪れた時と同じ優しさで離れていく唇に、小夜は僅かに物足りなさを感じて、ふぅっと短く息を吐いた。ハジは、そんな小夜の様子など初めから予想していたようで、小さくクスッと笑うとそのまま何も言わずに、また小夜の身体を抱き寄せた。でも今度は息もできないほどの力強さで…。
はっきりって苦しい、だから身を捩ってみるけれど、でもなぜか、このままこうしていて欲しいと思う気持ちが急激に膨らんでゆく。
「ねぇ、ハジ。私…今、ハジに抱きしめられてすごく嬉しい。でも変なの、嬉しいのに…涙が出るの。それにね、ハジの胸の鼓動を聞いていると、胸が締めつけられるように苦しくて切なくて、でもものすごく幸せな気持ちになる…。これが人を愛するって気持ち、なんだね。私、もうずっと昔からハジのことを想うと、いつも胸が苦しかったの。今頃気づくなんて、私って、ものすごいおバカさん…だね。」
言いながら小夜は白く細い腕をハジの腰にまわし、その広い胸に顔をうずめた。見る見るうちにハジの白いシャツが小夜の涙でぬれていく。その間中もハジの腕は小夜の身体を抱きしめたまま、時折優しく背を撫で、髪を梳き。ハジが何も言わない分、その大きな掌は彼の想いを雄弁に語っていて、小夜は黙ってハジの想いを受け止めていた。
こんなに胸が痛いのに幸せで、こんなに幸せなのに切なくて…。この痛みに心のすべてを支配されてもいいとさえ思えるほど、人を愛せる自分が今はとても愛おしい。
だから、今この時に言わなければならないある一言に突き動かされるように、ハジの腕を柔らかくふり振り解いた。
「小夜?」
途端にハジの白皙が戸惑いに揺れた。そんなハジの瞳をまっすぐ見つめたまま、小夜は100年以上胸の奥にほったらかしにしてきた想いを言の葉に託した。
「ねぇハジ。ハジはずっとこんな胸の痛みを隠したまま、私のこと、ずっと待っていてくれたの。私、今はこの胸の痛みさえも堪らなく愛おしい。…だって…ハジ、あなたを愛している…から…。ハジ、あなたを愛してるの。」
頬を朱く染めて、凛として愛を告げる愛しい人の声音に、一瞬にしてハジは心を奪われ、瞬きさえも忘れた。でも次の間、小夜の瞳は大きく見開かれた。ハジの薄青の瞳から、一筋の涙が零れゆくのが見えた…から。
「…遠い昔、貴女に言わせたかったのは、その言葉。ずっと待っていたのです、ずっと。ずっと…。」
小夜の細い指先が躊躇いがちにゆっくりとハジの涙を拭った。自分が泣いたとき、ハジがいつもそうしてくれたのを思い返しながら、そーっと。そしてそのまま小さな掌をハジの頬へと滑らせて、ハジの顔貌を覗きこむようにゆっくりと自分の顔を近づけた。小夜の意図がすぐに伝わったのか、ハジの手が小夜の項に当てられ、奪うようにして互いに唇を重ね合った。
小夜の気持ちを知ってしまった以上、ハジにはもう自分を抑える自信など欠片ほども残っていなかった。歯列を割って侵入させた舌を、小夜の舌と絡めあわせ、甘噛みし、滲み出た血と小夜の唾液を味わうように啜りあげる。そんなハジの愛撫にたどたどしく応える小夜がたまらなく可愛らしくて、ハジは自分を抑えることに必死になりながらも、小夜の口を心ゆくまで味わった。
小夜はこの時初めて知った。ハジと言う男の激しさを。自分を欲して、積もり積もった男の想いの深さを。でも、なぜか恐怖も嫌悪も湧かなかった。ただハジのことが心から愛おしくて、この男の欲に全てを委ねたいと、そう思った。それが唯一自分にできることであるとさえ思えたから…。
もし、愛という感情を数値で表すことができるとして、ハジが自分へと注いでくれる想いが100とするなら、例え1でも2でもいい。より多くの愛をハジに贈りたいと思う。そのために自分にできることは何か?さっきまで漠然としか思いつかなかったことが、今ならばはっきりと答えを導き出せる。
いつの時もハジを精一杯愛せる自分であり続けること。ハジに変わらずに愛され続ける自分であること。ハジのためにいつも笑顔を絶やさないこと。ハジを愛するため、彼に差し出せるものはこの心と身体以外何一つないかもしれないけれど、長い時を全てを投げ出すようにして自分を支えてくれたハジの想いに応えるため、私も彼のために全てを捧げたい。
重ねた罪は決して消えはしないけれど、ハジならばその罪毎包み抱きしめてくれるだろうか?その優しさに甘えることもハジへの罪滅ぼしではないのだろうか。
― それはただのエゴ?でもこの唇から伝わる彼の思いもまた、きっと真実。
どれくらいの時間、二人は唇を重ねていたのだろうか?名残惜しそうに離したとき、互いの唇を銀の糸が繋いだ。すでに小夜の瞳は蕩けるような熱を帯びて、ハジをうっとりと見つめていた。ハジは、己の欲望が身体の一点に集中していく感覚に慄きながら、今はまだ何とか抑え込める、僅かに残った理性を保つことに躍起になっていた。
今ここで、小夜を求めてはいけない。すでにもう日はとっくりと暮れ、辺り一面暗くなったとはいえ、ここは万感の思いを込めて最愛の人と愛を交わすために相応しい場所ではない。ハジは、小夜を攫うようにして抱き上げると、逸る気持ちそのままに自分の部屋、柔らかなな褥へと急いで向かった。
ハジの部屋に着いて、そのドアを閉めた瞬間、二人はまた激しい口づけを交わした。今度も求めてきたのは小夜のほうだった。まるで噛みつくように、小夜の唇がハジのそれに触れた瞬間、ハジの理性は跡形もなく消し飛んだ。重ね合わさった唇が離れないように気をつけながら、ハジは小夜の身体を抱き上げると、寝室のドアを開けた。
ハジが小夜の身体をベッドにそっと降ろすと、どちらともなく唇が離れた。小夜は、見慣れないこの部屋に不安を感じたのか、ベッドの上で所在なげに座り込むと回りをきょろきょろと見回した。薄地のカーテンを通して差し込む淡い月の光の下。広い部屋の中央にポツンと置かれた、ダブルベッド。眠りを失くしたシュバリエに必要のないそれは、明らかに今これから始まる二人の行為のために用意されたものだろう。一瞬頭の中を駆け抜けた妄想のため、小夜の瞳は先刻以上に熱を孕み、心なしか赤みを帯びていた。そして、ハッとするほど甘く切ない声音で、乞う。
「ハジ。私…あなたが、」
最後まで言う前に小夜の言葉は遮られた。切羽詰まり余裕をなくしたハジによって、あっけなく押し倒されたから。そしてハジはその勢いのまま小夜の首筋に、頬に、耳朶に唇を這わす。少しだけ冷たく湿ったハジの舌が肌に触れる度、小夜は甘い吐息をもらす。たったそれだけのことが、ハジをどれほど煽っているのかも知らないで…。
肌を奔るハジの冷たい唇の感触に、小夜は恍惚とした表情で応えた。いつの間のことなのか、ハジによって着衣は下着もろとも剥ぎ取られていて、白い柔肌が剥き出しになっていた。涼やかな夜気と蒼く熱い視線に触れられ、恥ずかしさの余り顔を真っ赤にした小夜は、
「ハジ!」と、声を上げ、両の腕で白い双丘を隠した。
ハジはそんな小夜の両腕をやんわりと、それでも拒絶を赦さないかのような力を以てベッドに押し付けた。途端に露になった形の良い小さめのふくらみがハジの眼前に晒された。
「小夜、とても、とてもきれいです…。」
そう、呟くハジの声が耳に心地よく届いたと思った次の刹那、ハジはその胸の谷間に顔をうずめていた。
幼かった頃、この胸に抱かれた自分。あの日を境に生まれた小夜への想い。焦がれて、ただ焦がれて狂いそうな夜を明かしたこともあった。幾千幾万の夜を超え、漸く通じ合えたこの想い。
己が命に代えても護りたい、この笑顔のためならすべてを捧げられる、そう思い彼女の近くにいられるだけで、それだけで十分なはずだった。なのに今、すべてを露わにしてこの腕の中にいる少女の、この愛しさは一体なんなのか。すべて狂わされてゆく。愛しさゆえに…。すべてを壊したい。護りたいとあれほど祈った、その人を、自分の欲望のまま…。抑えられない。
― あぁ、小夜。どうか許して…。
「小夜。貴女が欲しい。貴女のすべてが欲しい。でも…私は…きっと欲望のままに貴女を壊してしまうでしょう。それが、たまらなく怖いのです。だからもう…これ以上は…。」
切なく告げるハジの声は心なしか震えていて、ハジの深刻さを如実に現していて、小夜の心を縛り上げるけれど、小夜だってハジを欲していた。
「ハジ、いいの、壊れても。あなたになら壊されても構わない。お願い、私を抱いて…。あなたの想いを私に受け止めさせて。ハジ、愛してる。この世界でただ一人、あなただけを愛してるの。」
「小夜っ。貴女は、貴女はなんて…。」
― なんてかわいい人。
あとはただ、己の欲に忠実に身体が動いていた。小夜が羞恥に震えよがり泣いても、あまりの愛の深さにもうダメと懇願しても、あのいつもの冷静で落ち着いたハジはどこにもいなかった。貪欲なまでに小夜の身体を貪り、愛の証を刻むように思いのすべてを何度も何度も小夜の身体奥深くに解き放った。
やがて東の空が白ばんで、朝日を迎えるという頃になって、ようやくハジは平静を取り戻した。
見れば自分の体の下で横たわる、乱され、汚され、壊れかけた小夜が意識を手放し眠っていた。その頬には涙を跡がくっきりと残ってはいたものの、幸せな笑みを浮かべた穏やかな寝顔。しかもその小さな手は、離さないでと言わんばかりにハジの指に絡ませたまま。
― あんなに激しく愛してしまったのに…。小夜、私もこの世界でただ一人、貴女だけを愛しているのですよ。
汗に乱れた前髪を整え、優しいキスを額に落とす。そして穏やかな寝息を立てる愛しい人の体の横に自らの身体を滑り込ませ、その胸に小さな身体を抱き寄せた。
あの頃はただシュバリエらしく、従者らしくと心を無にして小夜に仕えていた。
でもこれからは…違う。シュバリエなど、もうやめてしまおう。自分は小夜を愛する一人の男。どんなに上手く偽ってみたところで、この溢れる想いを隠すことなどできはしないのだ。
小夜は、自分だけを愛してると言ってくれた。小夜の愛はこの身に強大な力を与えてくれるだろう。これからは小夜の恋人として小夜を護り、小夜とともに生きてゆく。それが長い間望んだ、本来あるべき己の姿であるのだと。
数時間後、ようやく目を覚ました小夜は、さんざん翻弄させられたことも忘れ、ハジに惚れ直してしまうことになる。
「おはようございます、私の小夜。」
窓から差し込む朝日を受け、眩しそうに細められた瞳。長く共に旅をした小夜でさえ見たこともない、強く優しい笑顔がそこにあったから…。
共に生きる、と決めたハジの脳裏には輝く二人の未来が映っていたのかもしれない。
これ書いたの、かれこれもう1年以上前かな…?
今改めて、読み返すと何が言いたかったんだか、よく分からん。
たぶんきっと、ハジに思いっきりいい目みさせてあげようと、
うん、そうだ、それ以外ない。
自己満足極まりなくて…申し訳ないです。
駄文にお付き合いくださいまして、ありがとうございます。
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