まずは最初にお見苦しい言い訳から。
3日遅れ…ですか。あまり遅れずにすみました。ホッ。
余りにも久しぶりでSSの書き方すら忘れたというかなんというか。
初めて自分の作品をUPしたときのように、妙に気恥ずかしい///です。
リハビリを兼ねてますので、おかしいところ満載です。どうかお許しを!!
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朝、昨夜の情事の名残がそこかしこに残る、気だるい身体を無理に起こしたのは、そう言えば…ハジが
「明日は久しぶりにどこか買い物にでも出かけましょう」
と、誘ってくれたのを思い出したからだ。
でなければ、太陽が中天に差し掛かるよりも前にベッドから起き上がることなんては絶対にありえない。
ふと壁の時計に目をやれば、二本の針はちょうど150度の開きを作っていた。
午前7時。こんな時間に起きたことなど、自分がただのありふれた高校生と思っていた、あのころ以来。
酷く重い腰に手をやり、ふらつく足に意識して力をこめ、リビングのソファへと移動した。たったそれだけのことなのにすっかり疲れ果ててしまった。
昨夜も、これでもか!というほどハジに愛された。
それは確かにとても幸せなことだけど、ハジの愛し方はいつもひどく官能的で容赦がなくて、少しくらい手加減してくれてもいいのに…と毎日毎日思う。
― だいたいこんな身体で今日ハジと買い物に出掛けられるのか、
と急に不安になる。
でもまぁ、ハジのことだから、私が歩けなくなったらきっと抱きかかえでもするんだろうなぁ…。
その十二分にあり得る光景を思い出して、小夜はひとり笑いをした。
視線を少し先のキッチンへと向かわせれば、ハジが何やら真剣な顔をして大きな寸胴鍋の中を覗き込んでいた。
たぶん今日のランチかそれとも夕飯の支度に、今から取り掛かっているのだろう。
ハジはきっと、小夜がこうして一人で起きだしていることに気が付いていないはず。
今朝は、おはようのキスもなかったんだから。
いつもの仕返しに少しくらいびっくりさせてもいいかな?
悪戯心が顔を覗かせ、ふっくらとした唇がきれいな笑みの形に変わった。
そう言えば…出かけるとなると今日のお天気は?
と、ふと気になった。
久しぶりにハジと出かけるのだから、どうせならハジの瞳と同じくらい澄んだ青い空の下、手を繋いで歩きたい。
小夜は、ソファの前にあるセンターテーブルの上の、テレビのリモコンに手を伸ばした。
運よくちょうどテレビニュースのお天気キャスターのおねえさんが、今日の天気予報を告げていた。
「今日の沖縄地方は、梅雨の中休みで、真夏を思わせる強い日差しが照りつける、とても暑い一日になるでしょう。」
フリップの天気図を左手で指して解説するお天気キャスターを何気なく見ていた小夜は、その時何かが光るのを目にした。
「あれは…。」
指輪だった。それもいわゆるエンゲージリングという、一際特別な光を放つそれ。
初めて目にするその女性が、途端に憎らしくなってしまった。
ハジとは、もう数えきれないくらい夜を共にして愛を交わしてきたけれど、何一つ未来の約束など貰ったことはなかった。
別に指輪が欲しいわけではない。
もう耳にたこがいくつもできるくらいに何度も愛してると告げてくれているし、何か不満があるわけでもない。
でも、薄型の液晶画面に映る女性の、その左手薬指に光るものへの憧れが、小夜にないわけでもないのだ。
愛しあい、そして結婚。
普通の人であれば自然な流れなのかもしれないけれど、翼手である小夜とハジにそれが当てはまるのかどうかは分からない。
だいたい、今のこれ以上の幸せを望むことが許されるのか…。こうしてこの世で何にも代えがたい愛する人と永遠に近い時を生きていく。それだけで満足するべきではないのか。
ハジが傍にいてくれるだけでいい。
ハジと一緒に生きていけるだけでいい。
それ以外もう、何も要らない。何も、何も…。
けれど、先ほど見たあの輝きは小夜の心を捉えて離さない。
それを振り払おうと、目をぎゅっときつく瞑り、ぶんぶん音がしそうなほど頭を振っている、そんなただならぬ小夜の様子をハジがキッチンの片隅からそっと見つめていることに、小夜は気が付いていなかった。
どうやって平生の仕返しをしようかと考えているうちに、ハジに姿を見つけられてしまい、仕返しどころではなくなってしまった。
逆に「一体どうしたんですか、小夜?」
などと早起きを盛大にからかわれ、それでも言い返せなくて僅かながらも悔しい思いをしたが、よく考えればハジのこのリアクションは当然だと思い、二人してこれまた盛大に笑い合った。
平和で穏やかで幸せな日常が、ここにある。あの頃喉から手が出るほど欲したものすべてが、ここにはある。
指輪などなくても、二人の間にある絆は本物。
ハジの笑顔を見ていたら、自然とそう思えた。
■
天気予報通りのカンカン照りだった。日差しは容赦なくアスファルトを灼き、立ち上る熱気で視界の向こうはゆらゆらと揺れていた。
歩き始めてまた数分しか経っていないのに、指を絡めハジと固く繋ぎ合った掌は既にじっとりと汗にぬれていた。
汗で額に貼りついた前髪をハジが掻きあげてくれる、その指の優しさだってあの頃と何も変わらない。
「どこか」と具体的な場所を告げてはいなかったけれど、ハジは明らかに買い物場所を決めているようで、その足取りには迷い一つ感じられなかった。
「ねぇハジ。何処、行くの?何を買うの?」
ハジにしては珍しい行動に興味津津の小夜は、さっきから何度も同じ質問を繰り返していたが、ハジはハジで
「それは着いてからのお楽しみです。」
と笑ってごまかすばかりで、そんな勿体つけるようなハジに対して、小夜は少し頬を膨らませて拗ねて見せたりしていた。
そんな可愛らしいしぐさを前にハジの目は一層細くなるばかりだ。
しばらくして、きれいに磨き上げられたガラス張りのショーウィンドウの前で、ハジは足を止めた。正面の自動ドアが、ハジの重みを受けて音もなく開いた。
「いらっしゃいませ。」
幾人かの店員の声は小夜の耳にも届く。
「…こ、こ?」
小夜が訝るのも無理はないかもしれない。そこはこのあたりでは一番大きなジュエリーショップだったからだ。
ハジは、いつも見慣れているはずの小夜でさえ見惚れるような笑みを浮かべている。
何かを企んでいるのは明らかだった。
「音無様、いらっしゃいませ。まぁ、ホントにお噂にたがわず可愛らしい方ですわね。さぁさぁこちらへどうぞ。」
店で一番年長の ― 恐らくこの店マネージャーだろう ― 女性店員が、ハジと小夜を店内へと促す。
「え?なんで、ハジ?どういうこと?」
いまいち展開が読み取れない小夜は戸惑うばかりだ。
「今日はサイズの確認をしていただいて、よろしければこのままお引渡となります。」
小さな艶やかな赤のベルベットの小箱を手にしたマネージャーが箱のふたを開ける。
中にはダイヤを頂いた指輪が一つ。
しかも明らかに今朝テレビ画面の中で見たものよりも、はるかに大きい。
「ええ、そうです。さぁ、小夜。手を出して。」
そう言って、小夜の左手をハジが恭しくとり、薬指に煌く指輪をすっと通す。
サイズは図ったかのようにぴったりだった。
しかも嵌めたばかりだというのに、小夜の細い指にもう馴染んでいる。
まるでそれは小夜のためだけに誂えた特注品のよう。
「ハジ?これって、もしかして…。や、やだ。なんで?そ、そんな…。」
ようやく事態をのみこめた小夜の声音は震えている。
「小夜、私と結婚してくださいますか?」
静かに問いかけるハジの声が、小夜の胸を震わせる。
やがて小夜の頬を、弧を描いて涙が流れ落ちた。
「ハ…ジ。ハジ…。」
感極まった小夜は言葉もなくハジの胸に顔を埋め、何度も何度も頷いていた。
「あのぉ、お客様。そういったことはここでは…。」
遠慮がちなマネージャーの声が聞こえ、小夜はパッと勢い良くハジから離れた。
そんな小夜の行動に僅かな寂しさを感じつつ、苦笑いを溢したハジは。
「申し訳ありません。サイズもぴったりのようですし、このまま帰ります。」
「かしこまりました。では箱だけお包み致しますので、もうしばらくお待ちくださいませ。」
■
丁寧にラッピングされた箱を受取ると、相も変わらず汗ばむこともなんのその、指を絡め繋ぎ合って笑顔で二人は帰路についた。
「ねぇ、ハジ。ハジは私が指輪に憧れているの、知ってたの?」
お天気キャスターの指輪を見て、羨ましく思ったのは今朝のことだ。
それ以前から微かな憧れを抱いてはいたけれど、強烈に意識したのは確かに今朝のことなのだ。小夜はためらいがちにハジに問いかけてみた。
ハジは、もちろんです!!と胸を張ってそう応えた後。
「小夜の事なら何でも知っていますから、ね。」
と、まるで悪戯が成功した少年のような笑みを浮かべて自慢気に言った。
「実は、ひょんな偶然から6月にはプロポーズの日、というのがあるのだと知りました。もうすでに一緒に暮らしているし互いの想いも十分なほど分かっていますから今更な気もしたのですが、きちんと正式にあなたに結婚を申し込んでみるべきなのではないかと前々から思っていたので、都合良く利用することにしたのです。もちろん断られることなどないと自信があってのこと、ですが…。」
そこで、ハジは少しだけ自嘲気味な笑みを浮かべた。そんな表情さえも格好よく見えてしまう。
「そして、そのプロポーズの日は、今日なのですよ。」