ー遙か版、バカップルー
知らぬは二人…ばかりなり
ずいぶん長く意識を手放していたのかと思ったけれど、闇の中をぼっと照らす灯火はまだ切れていなかったから、おそらくはほんの数刻であったのだと知れる。几帳の向こうの、そのまた御簾の向こうはきっと漆黒の闇の世界。あかねは、目を覚ました世界が黒に染まっていなかったことを心から安堵した。
今夜の頼久はいつもよりもずいぶんと激しかったような気がする。そしてあかねも、いつになく彼の求めに素直に応じた。あいまいな記憶の中にも、愛を交わしている間中ただひたすら「好き」と「愛してる」の言葉を繰り返していたような覚えがある。その言葉に、その想いに嘘なんてこれぽっちもないけれど、思い返してみて今更ながら羞恥に身を染める。やっと静まったばかりの熱が、再び蘇ってきそうだ。
わずかに身じろぐと彼の放ったものがとろっと流れ出てきた。その感触に堪らず無意識に声が零れた。
「んん…。」
愛しいものが自分の中から出てゆく、あかねはあの感覚が嫌いだった。できることなら彼自身も彼の精も何もかも躰の奥深くにとどめておきたかった。恥ずかしくて彼に告げたことは一度としてないけれど。
「あかね…。」
切なげに、少しかすれた声音で名を呼ばれた。
二人で共寝をするときはいつだって頼久の左腕があかねの枕になる。そう今だって、あかねの頭を乗せた左腕でそのままあかねの頭を抱き、優しく髪を梳いてくれていて、右手のほうはあかねの腰を強く抱きよせ、ほんのわずかな隙間さえも許さないほど二人の躰は密着している。
泣きたくなるくらい優しい左手の動きに、やっぱり泣きたくなるほどの幸せを感じる。
普段から多く言葉を発しない彼は、その分、瞳や仕草、表情で雄弁に想いを語る。さしずめ今の彼の言わんとすることは、「貴女は私のものです。」といったところか。
続けてどこまでも優しい声が降ってきた。
「起こしてしまいましたか?」
あかねはゆるゆると頭を振った。その時梅花と汗の混じった、あかねしか知りえない頼久の匂いがあかねの鼻腔を満たす。それは幸せを実感させる匂い。
何度も何度も頭を往復する手にあかねは本当に泣き出してしまった。この地に残ることを決めたあの日に思い描いていたよりも、頼久と二人で過ごす日々は愛に満ちて幸せで。そうあまりにも幸せすぎて。
あかねの涙に気づいた途端、慌てふためく彼。あかねにとってはそんな彼さえもどこまでも愛おしい。
「あかねっ。何かお心に触ることを頼久が仕出かしてしまったのでしょうか?」
あまりの謙った物言いに思わず噴き出しそうになってしまう。
「ううん。違うの。幸せだなぁって思って。ここに残るって決めた時は、こんな幸せが待ってるなんて思いもしなかったから…。こんなに幸せでいいのかなって、ちょっと怖くなっただけなの。」
言いながら、彼をもっと近くに感じられるように身体を擦り寄せる。
「それなら、よろしいのですが…。貴女の涙は私を不安にさせるのです。…いえ、貴女を信じていないわけではなく…。私もその、…こ、怖いのかもしれません、我が身の僥倖が。あなたのような清く尊い方をただ人の妻としてしまった…これは、罪なのかもしれませんね。」
少し泣き出しそうな瞳でそう語る愛おしい人。
「でもあなたが幸せと思ってくださるのならば、この罪も甘んじて受けましょう。もう私には、あなたを手放すことなどできるはずもありませんから。」
「私だってあなたがいなくなったら、生きてゆけないの。ねぇ頼久さん。怖いなんて感じなくなるまで、幸せになろうよ。龍神が呆れて、もう勝手にしなさいって言うくらい、いっぱい抱きしめあって、いっぱいキスして。ね。」
頼久の熱い唇があかねのまぶたに触れる。次に耳朶を緩く食み、頬を滑り、そして柔らかな唇を塞ぐ。
口づけられたまま、あかねを抱く腕により強い力が加わる。息もできないほど抱きしめられて、あかねも精いっぱいの力で抱きしめ返して。次第に高まる心は、口づけを深いものに変え、舌を絡ませ、音を立てて互いの唾液をすすり合う。
愛し合う者同士、思いのまま互いを貪り合って、灯火の油が切れたのにも気づかず、そのまま夜の四十万に溶けてゆく。
程よく色づいたあかねの唇が切なく愛を歌い上げるまで、あと数刻。心も躰も愛する頼久で満たされたあかねの希望通り、明け方、頼久が任務に赴くぎりぎりの時間まで、二人の躰が離れることはなかった。
きっと龍神は、勝手にしろと言っているに違いない。
いや、二人が結ばれた時点で、龍神がそう思っていたことなど、二人は知らない。
ふっと、な〜んとなく思い立って、あっという間に出来上がったバカップルです。でもこの二人、自分たちがバカップルだっていう自覚、皆無です。
ほんとはもっと切ないのを書くつもりだったんだけど、あかね化している私には、何よりも難しいです、それ。
もっと精進せねば…。
拙作にお付き合いくださいましてありがとうございます。
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