夢の中までも 〜七夕・頼久version〜
昨夜からは思いも付かないくらい、寂しい夜になった。
少し離れた内裏からは、笙やら琴、果ては琵琶に笛といった管弦の音が、ゆるりと大気をふるわす微風に乗って運ばれ、雅事に疎い者の耳さえも優しく撫でてゆく。
土御門の殿が内裏の中に姿を消して、もうどれくらい時が経ったのか。
今頃、愛しき人は一人でこの暗い夜空を眺めているだろう。
こんなにも厚い雲に覆われてしまっては、星どころか月さえ眺めるのは難しいだろうに。
―あんなにも今夜の星を楽しみにしておられたのに…。こんな暗い夜だからこそお傍にいて差し上げたかった。
出かける時、
「お仕事だから仕方ないよ。気を付けて。無事のお帰りを待ってます。」
腕の中で少し寂しげに笑って、送り出してくれた。
貴女の寂しさは、ただ帰りを待つしかできないもどかしさゆえ。
―だって、頼久さんになにかあったら、私…。
あの時抱きしめた温もりが未だこの手に残っているようだ。
例え役目とはいえ共に過ごせないことに罪悪感を抱いてしまう自分に、少しでも罪の意識を持たせないように、貴女は私を気遣ってくれて。
己の総てを懸けて護りたいと思ったその少女に、今もまた護られている。
十近くも歳が上であるはずの自分なのに、貴女は私などよりずっと大人で、それでいてどこまでも可憐な少女で愛らしく。
私の心を捉えて離さない。それは心地いい束縛。
ただひたすらに罪を抗うためだけに生きてきた。与えられた役目をただ黙々とこなす。ただそれだけの日々。
春に咲き誇る花々を見ても、夏、渇いたのどを潤す清涼な一杯の水にも、幾重にも色織りなす秋の山々にも。どんな美しいものにも心動かされることはなく、ただ冬の始めに降り積んだ雪が固い根雪となって大地を凍てつかせるように、己の心を冷たく静寂な世界へ閉じ込めた。喜びや楽しみといった享楽に通ずる一切のものを捨て、己の未熟さに怒り、大切なものを失った哀しみに身を置き、そうすることでしか生きられない、そうしなければ生きていることさえ許されぬと、頑なに思い込んでいた。
貴女に出逢って初めて、この世に生きる意味を知った。突如押し寄せる陽の感情に押しつぶされそうになったけれど。闇の中でもがく私を救い出してくれたのも、優しく手を差し伸べてくれたのもやはり貴女だった。
幾度となく涙を浮かべ私を案じてくれるそのお心が、狂おしいほど愛しいものとなるのにさして時は要らなかった。
以来貴女は、私の光となり、未来となり、希望となり、私のすべてとなった。
私がこの世に生まれたのは、きっと貴女に出逢うため。
今となっては、そう思える自分がどこかしら誇らしい。
愛しい神子殿。私の…あかね。
今、貴女はこの漆黒の夜空を見上げて、何を思っているのだろうか?
きっと貴女は、厚い雲のはるか向こう、天空の恋人たちの逢瀬に思いを馳せながら、私のことを想ってくれている。
今年は身体を寄せ合って星を愛でることは叶わなかったけれど、心は貴女の元においてきたから。いつだって私の心は貴女のものだから。
未だ名前を呼ぶこともできない不甲斐ない夫ではあるけれど、誰よりも貴女のことを愛している。
―今宵は七夕。
神子殿。貴女の生まれた世界では、星空に願い事をすると聞いた。
ならば私の願いは一つ。
今宵、貴女の夢路へ私をお連れ頂けませんか?
現世だけではなく、貴女の夢幻の世界でも貴女と共にありたいのです。
―頼久さん。
花のような笑顔で私をそう呼ぶ、愛してやまない愛しい人。貴女ならきっと叶えてくれるでしょう。
二人離れた場所から、互いを想いながら…。ってことで、今回は頼久version。
あかねちゃんのと対にするべく、またも一人称で書いてみました。
この二人って結局、月が出ていようが、星の煌きが見えなかろうと、そんなことどうでもいいんでしょうね。いちゃつく理由を探してるだけです。
あかねちゃん、頼久の帰宅後「一晩中頼久さんのこと考えてたの。会えなくて寂しかったぁ。」とか言ってしっかと抱きついて、頼久は頼久で「頼久も、神子殿と同じ思いでございます。」とかなんとか言って、やっぱりギュッと抱きしめて…。
「勝手にやってろよ!!」その場に天真がいたら、そう突っ込むんでしょうけど。
やっぱ、書いてて楽しいよ!!頼あか。
拙作にお付き合いくださいまして、ありがとうございます。
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