Happiness is a color of your blue eyes


【1】


目覚めて3ヶ月ほど経った頃、ジョエルに勧められるまま、二人は世界を巡る旅に出た。
「私からのお礼と労いだと思って、何も言わず受け取ってほしい。」
そう微笑むジョエルから航空機のチケットを差し出されたのは、もう1年近く前のこと、例年にない程賑やかなChristmasパーティとNew YearパーティがOMOROで立て続けで盛大に開かれた直後のことだった。
闘いの日々を思い起こす辛い旅を覚悟していた小夜ではあったけれど、赴く先々でのジョエルの温かな心配りに驚きひたすら感謝しながら旅の日々は続いた。出発前には想像することさえできなかったほど、楽しい思い出満載の旅、もちろんハジという最愛の恋人の存在なくしては、楽しい旅になるはずもなかったことは言うまでもない。
そしてほぼ1年ぶりに南の島に戻ってきた二人を待っていたのは、いつもと変らぬメンバーのいつもと変わらぬ優しいまなざしと二人がはじめて結ばれたあの海辺の小さな家だった。ジョエルが用意してくれたその家で、今二人は、優しさと愛に満ち溢れた平和な日常を過ごしている。それはありふれた幸せかもしれない、けれど血塗られた過去と決別し漸くの果てに手に入れた平穏。焦がれるほどに憧れた愛しい人との生活は震えるほどの幸せを胸に運んできた。
初めて二人で迎えたあの朝、窓から差し込む眩しい光の中、生まれたままの姿の自分、続いて視界に飛び込んできた一糸纏わぬハジの逞しい身体を目にした時は、顔から火が出るほどびっくりしたけれど、恥ずかしさや照れなどよりも、それらをはるかに上回るほどの喜びと幸せが小夜の心を満たした。
あれからというもの数え切れないほどの夜を共に過ごし同じ数の朝を迎えてきた二人。
肌を重ね、互いの熱を分け、一つに繋がり、求められるまますべてを差し出し、身も心も愛されていく悦びを知った今では、もう何物にも代えがたい幸せな時間に変わっていた。小夜はハジの腕の中で一日の大半を過ごし、ハジもやっと手に入れることができた宝物、何よりもかわいい愛しい恋人を、片時も離そうとはしなかった。
二人が歩んできた永い歳月を知らない他人が見たら、呆れかえるに違いない。いや、二人の過去を知っている者さえも、目のやり場に困ることは日常茶飯事だった。…とにかく、二人の熱々ぶりを止められる者など皆無という状態だった。
一番被害を被ったのは、カイと香里の二人だった。長期に及ぶ海外での旅の影響か、人前でも平気で見つめ合い、口づけを交わし、抱きしめ合う、ということに何の抵抗も感じなくなっているようで、OMOROの店内でも絶えず密着して過ごす二人は、宮城家の二人の娘たちにとって、退屈な毎日を刺激的なものに変えてくれる格好の遊び相手だ。
「あぁ、またいちゃいちゃしてるよ。見てるこっちのほうが、恥ずかしくなるよね。」
「ほんと、呆れるくらい仲良いよね。」
「でも、うらやましいよ。あぁ~、私も彼氏が欲しい。」
「だよね。二人を見てると運命とか信じたくなるし、無性に恋がしたくなるんだよね。」
娘たちのこんな会話の一つでさえ、カイにとっては気が気ではない。しばらく忘れていた痛み…ディーヴァの双子の娘たちが巣立って以来感じたことのない寂しさが胸に蘇り、カイの心を締め付けた。
「頼むから、いちゃつくのは二人っきりの時だけにしてくれ !!」
ここ最近、OMOROの店内からは、こんなカイの悲痛な叫びが頻繁に聞こえるようになった。



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穏やかで幸せな時は、どうしてこうも過ぎていくのが早いのだろうか。季節が変わろうとしている。
どこからか鼻を擽る春の匂いがする。テレビでは、沖縄の桜の開花のニュースが連日のように流れていた。沖縄は、日本で一番早く春がやってくるというけれど、いくら本州の冬の寒さと比べものにならなくとも、首筋を吹き抜けて行く風は夏のそれとは明らかに違う。小夜は、底抜けに明るい沖縄の夏が好きだった。
夕闇の迫る海辺の遊歩道を手を固く繋ぎ合って歩くのが二人の毎日の日課であった。
その日もハジと小夜の二人、一日の終わりを告げるように、オレンジ色に燃えた大きな太陽が海の向こうに沈みゆく光景を見ながら浜辺を歩いていた。まるで流れゆく時を惜しむかのようにゆっくりゆっくりと。茜に染まる空も海も、この世界の美しさをいやというほど知らせてくれる。そんな景色を小夜はもう先刻からずっと一言も発しないまま、黙って見つめていたが、ハジの視線を感じて、潤み始めた赤茶色の瞳をハジの瞳から隠すように微かに瞼を震わせた。
「小夜?」
そう問いかけるハジの青い瞳に覗きこまれ、自分の思いを隠し通すこともできず、広いハジの胸に飛び込んでその背に手をまわし、温かな胸に顔をうずめた。ハジは、そんな小夜の髪を指に絡ませながら優しく撫でる。
「私って、欲張りだね。だって今が幸せすぎて、こわいなんて…。」
小夜は消え入りそうな声で呟いた。
― ハジとずっと一緒にいたい…。
口をついて言葉にしてしまいそう。言えば、ハジをまた困らせてしまう。
小夜の心は、張り裂けそうだった。いつもそばにいてくれる愛しい人の瞳を覘けば、これ以上ないというほどに優しいほほ笑みを返してくれる。その優しさがかえって胸に突き刺さる。
「次の眠りのことを気にかけているのでしょう?」
ハッとして、ハジの顔を見上げた。
― 何も言わなかったけれど、やっぱりハジは気づいていたんだね。
「貴女が時折見せる悲しい顔は、私を切なくさせますが、それでも私にとっては喜びにほかありません。私と共にいたいと…、貴女がそう望んでくれているのが、手に取るようにわかるのですから…。小夜。私にとって眠る貴女の鼓動を聴きながら目覚めを待ち続ける時間は、この上ないほどの至福の時なのですよ。それはこの広い世界の中で、私だけに与えられた誇らしい役目。ネイサンの言葉を信じるならば、それにいずれ休眠はなくなると…。そうすればもう、私たちを引き離すものなど何一つないのですよ。本当に永遠に近い時間を二人で渡って行くことができるようになるのです。だから小夜、愛しい私の小夜。お願いですから、どうかそんな悲しい顔をしないで。」
小夜の瞳から涙が溢れ、擦りつけるようにハジの胸に顔を埋めた。ハジの白いシャツが、小夜の涙で見る見るうちに濡れていく。
「…うん、それはちゃんと分かってる…。でもね、やっぱり私、ハジと一緒にいたい…。ずっと一緒にいたいの。ほんの少しの時間も、ハジと離れたくないの…。私、あなたがいてくれたら、どんなに辛いことだってきっと耐えていける。ねぇ、ハジは平気なの?私が眠ってしまって…こうして繋いだ手を簡単に離してしまえるの?そんなこと…私にはできない。想像するだけで怖くて、こんなに身体が震えるんだよ。ねぇ、これが私に与えられた罰…なの?大好きな人と一緒にいられない、なんて…。」
― 平気なわけがないでしょう。
と、抱きしめてやれたら小夜の心を救ってやることができるのだろうか?
言葉尻りは涙で掠れ、聞き取ることさえ難しい。これ以上、小夜の口から哀しい想いが零れることほど辛いことはない。
小夜の想いは心底嬉しかった。泣き震える小さな身体が、愛しすぎて…。そして、これほどまでに愛されている自分を初めて愛おしく感じもした。だからこそ、小夜の哀しみを拭い去ってやりたかった。こうして想いを通じ合えた今となっては、ハジにとっても小夜の休眠は確かに辛いことには違いないけれど、それでも小夜と共に生きると決めた時から、心は決まっていた。
― 貴女が心配することなど何一つないのですよ。長い眠りが私たちを隔ててしまっても、私の想いが変わることはないのですから…。
しかしそれをどう伝えれば、貴女の笑顔が戻るのだろう?
“そんなことしかしてやれないのか”と、頭の中で自分の非力さを蔑む声がする。
それでも小夜の体を抱きしめて、貪るように唇を吸う。“小夜の哀しみ全てを吸い尽くしてやれたらいい”と、そう願いながら。
「落ち着きましたか?」
ゆっくり名残惜しむように唇を離したハジが耳元で囁く。困ったような切ない響きを含んだ優しい声音。そっと身体を離し覗きこめば、薄青の瞳が揺れているのがはっきり分かる。
― ハジ、また困らせて、…ごめんね。
気付かれないように呟いたつもりでも、きっとハジの耳には聞こえているに違いない。泣き腫らした瞼が少し重くて、ずっとこのままハジの姿を映していたいのに眼を開けていられなくて、代わりに力を込めてギュッと瞑る。瞼の奥に浮かんでくるのは、やっぱり愛しい人の薄青の瞳。
― 私が眠ってしまってもハジはきっと傍にいてくれるんだよね。
確信に近い何かが胸に湧き上がる。それと同時に、
― でも、私はあなたの傍にいてあげられないよ。
またもハジを犠牲にしてしまう、その事実が酷く胸に突き刺さる。
― 愛する人に孤独しか与えられないのか
と、もう一人の自分が心の中で嘲笑う。いくら考えてみたところで答えが出ないのは、分かり切っていることなのに…何もできないことが歯痒くて辛い。
薄青の双眸に自分が確かに映っていることを確認して、小夜はその細い腕をハジの首に巻きつけた。簡単には解けないように、きつく固く指を組む。ハジは苦しそうな顔一つせずに小夜の好きなようにさせてくれている。その表情は先程とは違う穏やかで全てを包み込むような類の優しさに充ち溢れた笑み。
― 私が眠りにつくその瞬間まで、この優しい笑顔をどんなことがあっても護りたい。
だから今は、ハジに自分の温もりを分けてあげよう。人間のそれと比べて明らかに低いハジの体温。その体温の所為で心まで冷えてしまわないように、ハジを抱きしめてあげよう。それができるのはこの世でただ一人、自分だけなのだから。



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その夜、珍しく小夜は自分からハジを求めた。休眠がどうやっても避けられないものならば、少しでも例えほんの僅かな時間でもハジと繋がっていたかった。ハジのすべてが欲しかった。
ハジによって女としての悦びを知った。身も心も愛される幸せを知った。ハジを求めハジに求められることで得られる、この心の安らぎ。欲しいのはハジの全てであり、だから惜しみなくこの身を愛する人に捧げた。身体を一つに繋げることが愛し合う全てではないけれど、耳元に聞こえるハジの荒い息遣い、息苦しいほどに蕩けそうな口づけ、体の中心を深く抉るように出入りするハジの体。そのどれもが愛しくて、二人が一つに溶け合っているという事実は、小夜の心をこれ以上ないほど幸せにも切なくもさせた。
明るい日差しの下ではあどけないの少女の顔が、夜毎ハジの腕の中では息を飲むほどに艶やかな女の顔に変わる。うわ言のように幾度となく愛しい男の名を呼び続ける唇。身を震わすほどにあえやかで切ない愛を謳う鈴のような声音。愛しい男を掻き抱くために、緩々と伸ばされたその細い腕。羞恥に震え、泣きじゃくりながらも必死に応えてくれる小さな躯。…その全てが、そのすべてが狂おしいほど愛おしい。
小夜は、己の命を擲ってでも護りたい大切なただ一人の少女。その愛しい少女が与えてくれる温もりは、ハジの心にもかつて感じたことがないほどの幸せを運んでくる。何しろ女としての小夜の顔と声を知っているのは世界でただ一人、ハジだけなのだから…。
そして今夜もまた互いを貪るように愛し合ったその終わり、小夜の背が大きく仰け反り絶頂を迎えるのを見届けたハジは、小夜の中に熱い精を放ち、小夜と共に果てた。
白く霞みのかかった視界と力の入らない身体。愛された余韻を引きずったまま、おぼろげな意識の中でハジの姿を探す。腕を伸ばせば、優しく受け止めてくれる大きな掌。汗ばんだ額に張り付いた小夜の前髪を整えながら、優しく撫でるように髪を梳いてくれる大きな掌。誰よりも何よりもかけがえのない愛しい人。身体の奥深くではっきりと感じるハジの鼓動。切なくなるほど愛しくて、ずっと留めておきたくて、ずっと一つに繋がっていたくて…。
乱れた息を整えるとハジは腰を浮かして、小夜の中から抜け出ようとした。
「いや…。このまま…。離さないで。ハジ…。」
と、小夜は小さく囁いて、ハジの白い首に手を回してしがみつく。しなやかな胸に顔をうずめ、瞳を閉じてハジのぬくもりを感じていた。ハジは、応えるように頬に瞼に髪に耳朶へと順に、優しく唇を落とし、ふんわりと小夜の身体をその長い腕に包みこんでいた。
「…ハジ、ごめんね。私、いつからこんなに弱くなったんだろ。こんなんじゃ、私、いつかハジに嫌われちゃうね。」
「…また、バカなことを…。この世界のどこを探しても、貴女を嫌いになる理由なんて見つかりっこありませんよ。何度言ったらわかって下さるのですか?私にとって、貴女は世界そのもの。貴女の存在は私の生きる証。…貴女は考えたこともないでしょう、私が貴女にどれほど焦がれているのかを…。」
「それは、私もおんなじだよ。ハジのいない明日なんて…生きていても意味がないの。だから…ずっと一緒にいたいのに、またハジを独りにしてしまうのが、堪らなく辛いの。でもね…私、気づいたの。休眠はどうやっても避けられない哀しい事実だけど、こうして一緒にいられる時間はやっぱりかけがえのない大切な時間だから、もっとハジに甘えて、もっとハジのこと好きになって、もっとハジに愛されたいって。それから二人でもっといろんなものを見ていろんな話をして、私が眠っている間ハジが寂しくないように、たくさんの思い出を作ってあげたいの。だからね、私、もう泣かないって決めた。私のせいでハジまで悲しい顔するなんて…一番辛いから。」
もう泣かないといったそばから、小夜は泣いていた。ハジはそんな小夜の頬に唇をよせ、そっとその舌先で零れ落ちる涙を舐めとった。小夜は擽ったそうな顔をして、覗き込むようにハジの青い瞳を見つめた。
「ごめんね。今日で涙は終わり。ほんとに終わりにするから…。ハジ、私が眠りにつくその日まで、ずっとずーっと、そばにいて離さないでね。…お願い。

涙の跡がまだ残る頬を少しばかり朱に染めて、ハジの心を射抜く極上の笑顔を見せた。その眩いばかりの笑顔の前では己のポーカーフェイスなど隠し通せそうもない。ハジは卒倒しそうな心と身体を何とか支え、細い腰に手をまわして抱きよせ、奪うように唇を重ねていた。
― ずっと一緒にいて欲しい。
腕に抱くこの愛しい人は、やはり何一つ分かっていないのだ。一体、何度伝えたらこの想いを分かってもらえるのだろう。だいたい私が貴女と離れて一体どこでどう生きるというのか?私の貴女への愛は、何が起ころうと決して変わることはない、永遠のものなのです。
「未来永劫、この命の続く限り、どんなことがあっても貴女を離しはしません。愛しています、小夜。」
それは、ハジの心からの言葉、遠まわしではあるがもうプロポーズのつもりだったのだが、ただその言葉に込められたハジの想いに肝心の小夜は…哀しいかな、気づかなかった。ハジは小さく苦笑いを零した。


一応Always you~の続き、なるものです。しばらく続きます。
単独でも理解してもらえると思うんですが…。
お付き合い頂けますと幸いです。


拙作にお付き合いくださいまして、ありがとうございます。


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